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zoom RSS 20151230シャンパーニュ地方のランス〜エペルネへ(前編)

<<   作成日時 : 2016/01/29 13:06   >>

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12月30日は少しパリ郊外にあるランスとエペルネーに行って来ました。

エペルネーにある「モエ・エ・シャンドン 」のカーブ見学の予約は午後4時ですから先にランスの街を見学しました。

ホテルから地下鉄で数駅の所に東駅があります。
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ここから電車に乗って(手前で一度乗り換えました。)1時間ほどで到着します。パリから140キロ位離れた所です。
北東に移動しますからパリより気温が低いかなと。
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ランスの街に着きました。
駅前のインフォメーションで詳しい地図をもらってバスに乗ります。
車内で往復切符を買いました。(カードが使えるので便利です。)
駅前ではガラガラのバスでしたが市内を回って行くと市民の足となっているようでにぎわって来ました。
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世界遺産の「サン・レミ教会」です。
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横から見ると大きいのが分かります。
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今日は天気が良く、ステンドグラスが輝いています。
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ランスでのカーブ見学の予約が取れませんでした。
予約なしで入れる所もあるとの事でしたかちょっと寄って見ました。
「TAITTINGER」
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「G.H.MARTEL」
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午後の英語のツアーの空きはありました。
エペルネーにある「モエ・エ・シャンドン 」のカーブ見学は午後4時からですから時間的に難しいので止めました。
結果的にはカーブ見学は一か所で十分でした。
ここから少しバスに乗って移動します。
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ランスのノートルダム大聖堂です。
もちろん世界遺産です。
一部、工事中のようです。
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クリスマスマーケッットは終了したのでしょうか?
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百年戦争の英雄であるジャンヌ・ダルクはシャルル7世とともに、このノートルダム大聖堂を訪れています。
歴代フランス国王の戴冠式が行われた歴史を持ちます。
フランス国内におけるゴシック様式の傑作の一つです。
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フランス革命時には、大聖堂も標的となり、彫像がことごとく破壊されました。
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「微笑みの天使」、だけは粉砕する気にはなれなかったようで、奇跡的に無傷で残されていたと言われています。
しかし右側に見える天使の小像のほとんどは頭がもぎ取られた無残な状態のままです。
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中に入るとステンドグラスが見事です。
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第1次世界大戦の時はランスはドイツ軍に占領され大聖堂は砲撃のため火災、木造の屋根部分はすべて焼失し、ばら窓の大半は粉砕、聖堂の主要な骨組部分が壊滅的な被害を負ったそうです。
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第2次世界大戦の時はまたしてもドイツ軍に占領されます。
第1次世界大戦の経験をふまえて、ステンドグラスや主要な彫像などを予め外して地下室に保存し、大聖堂の被害を最小限にしようと努めたそうです。
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2011年ノートルダム大聖堂の800年を記念して入れられたステンドグラスだそうです。
ドイツ人の「Imi Knoebe」lというアーティストによるデザイン。
色が鮮やかで綺麗いなのですが周りとの調和を考えると微妙ですね。
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そして、楽しみにしていた「シャガール」製作のステンドグラスです。
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ジャンヌダルクの像です。
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バラ窓とパイプオルガンを見上げます。
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正面は工事中でカバーが掛けられていたので横に回って見ます。
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エペルネーに移動する電車の時間にも余裕があったので隣にあるトー宮殿(1972年からは博物館)を見学です。
ランス大司教の公邸です。
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爆撃にあった時の写真や、
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その時、大聖堂のガーゴイルが黒い物体を吐き出しています。 
爆撃で大聖堂が炎上した際に屋根の鉛が溶けて流れ落ちたものだそうです。
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広い宮殿内を進みます。
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十字架と6本の蝋燭台は、ナポレオン1世とマリールイーズの結婚式のために作られたものです。
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展示されている宝物をなんとなく眺めて、(中世史はほとんど知りません。)
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大聖堂にあった諸像のオリジナルです。
痛みがひどくて修復できない物です。
近くで見ると3〜4mはあって迫力があります。
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タペストリーもオリジナルです。
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大聖堂正面にある「聖母戴冠」のオリジナルです。
黒く焼け焦げたのが分かります。
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多くの物が戦争によって犠牲を受けました。
12時30分から休憩に入るので後ろから扉を閉めながら最後は追立られるようにして出て来ました。
知っていればこちらを先に見学した所でした。
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ここからランス駅前は繁華街を歩きながら戻ります。
オペラ座前のバス停の看板で気が付きました。
ヨーロッパは地方都市でもオペラハウスがあると聞きましたがありました。
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地方都市ランス、観光客もこの時期は少ないためかのんびりしています。
建物もなかなかお洒落です。
画 像

広場に出て来ました。
この天使の飾りが可愛いです。
夜になったら光るのかな?
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12時50分、ランス駅前に戻って来ました。
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胃が疲れた為?、夫婦で体調不良です。
私は、今日は食事は抜きました。
娘にもつき合わせる事になって、駅前のコンビニでコーヒーやパンを食べて、これからエペルネーに移動します。(20分位です。)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
昔の建物って日本でもそうだけど、丈夫に作ってありますね。壁の彫刻は直接掘られたものかしら?ステンドグラスも綺麗だわ。私は大聖堂と同じ名前の学校に通っていたのです。だからパリの寺院も登りましたよ。入口でお金はらってすーと登れました 。他にのぼってるひと居なかったわ。
もう一度行ってみたいけど、二人では無理ね。駅でまごまごして、喧嘩しそうよ。
さえ
2016/01/29 16:32
さえさん
日本と違って石の文化ですからそこそこ残っていますね。
娘が言っていましたがパリのアパートも古いほど値段が高くて人気があるそうです。

今回、塔の上には登りそこないました。
私が初めてパリに行ったのは今から25年以上前。
その頃もどこも並ぶなんて事なかったです。

今はスマホを片手に移動できますから便利になりました。

私達も2人の時はなんだかんだと言いながらです。
娘がいるとみんなで少しですが気を使うのでスムーズになりますね。(笑)
娘も美術館や観光が好きなので一緒に行動してくれました。

私は東京で生まれ育ちましたが、親戚はみんな京都です。
従姉の2人は中、高ノートルダム出身です。

izumi
2016/01/29 17:53

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